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平泉⇆本吉歴史探訪復興ツアー1日目

こんばんは、広報の芝原です。
先日無事に歴史探訪復興ツアーが終了致しました。

1日目、ツアー参加者集合後くりこま高原を出発し、本吉町の浄勝寺の本堂で雲丹、アワビご飯、生ワカメ味噌汁を頂きました。その後、鈴木ご住職の説明を受けながら浄勝寺を見学させて頂きました。浄勝寺は、源義経に仕え亡くなった佐藤次信・忠信兄弟のために母尼公によって1201年(建仁元年)に創建されました。寺中では、実際に安置されている兄弟の木像を見ることができたり、復興祈願のモニュメントとして、チェーンソー世界チャンピオンの城所ケイジ師が被災した木から作製した、たくましい龍が飾られていました。見学後には鈴木ご住職が復興ツアーを祈年し、作って下さった佐藤次信公・忠信公の絵皿をプレゼントして下さりました。

浄勝寺見学後は気仙沼市議会議員の佐藤さんガイドのもと、本吉でも最も古い歴史を持つ馬籠地区へ行き、薬師堂、尼公塚などを見学しました。薬師堂は、佐藤次信・忠信兄弟の母尼公が夫と子息の菩提を弔うために薬師如来を安置し建立したと伝えられ、尼公塚は平成18 年の発掘調査が行われるまでは、尼公の墓と伝えられ供養塚と推定されていましたが、調査後、尼公の家系と結びつく快順によって奉納された経筒が見つかり、尼公の供養碑を建て、経筒を埋納したものとも考えられているそうです。

その後訪れた御嶽神社では宮司の熊谷さんにガイドをして頂きました。この神社は、佐藤次信・忠信の母、乙和御前が勧請した神社と伝えられています。神社の鳥居をくぐり、参拝をする前に熊谷さんから手水の作法を教わりました。実際に宮司の方から作法を教わるという経験は貴重であるため、ツアー参加者の方々は興味深く聞き入っていました。正しい手水の作法を習うことができたので、その後訪れた神社でも実践することができました。帰りには、桜の刺繍が施された御嶽神社の素敵なお守りを頂きました。熊谷さん、有難うございました。

大谷鉱山歴史資料館では、ガイドの方に大谷鉱山の歴史を説明して頂いたあと、資料館を見学しました。大谷鉱山は、従業員1303名、年間一万トン余りの産金量を誇っており、平泉の黄金文化の源泉でした。しかし、昭和18年の太平洋戦争、金山整備令による休山、興北鉱業(株)の吸収合併、そして埋蔵鉱量枯渇により興北鉱業所の操業休止、最終的には全面閉鎖に至ったそうです。資料館では当時使用されていたヘルメットやキャップランプ、カンテラ、トロッコなど貴重な歴史的資料を見ることができました。

震災以前、駅から一番近い海水浴と知られ多くの観光客を集めていた大谷海岸では道の駅を訪れました。震災が起きた年は、この道の駅で様々な生活用品を販売し多くの人達の助けになっていました。現在も仮設の道の駅ですが、国の方針として、将来的には住民の生活の支えとなる病院や資料館、コンビニなどを複合した大きな道の駅を建設するそうです。

大谷海岸を出発した後は、一晩お世話になるペンション・プチろくへと向かいました。ペンションに到着するとオーナーの千葉さんが温かくお出迎えして下さりました。一段落したあとに、夕食を頂きました。ロールキャベツ、餃子、ワカメサラダ、お刺身、ホッケなど、地元の恵みを活かした美味しいお料理をごちそうになりました。就寝前は、小泉自然楽校に福岡県から来ていたボランティア、ペンションの方と交流会をし、本吉の歴史に触れ合って思ったことや感じたことを話し共有し合うことで、改めてこの地域について真剣に考えることができました。交流会後には、この日が初対面だとは思えないほど距離が縮まっており、一期一会の出会いはとても素敵だなと実感することができました。

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