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平泉⇔本吉歴史探訪復興ツアー 2日目

こんにちは、広報の芝原です。

歴史探訪復興ツアー2日目は、ペンションヴィラプチろくを出発した後、津波で甚大な被害を受けた松ノ下地区に行き、慰霊碑の前で黙祷を捧げました。震災以前、この慰霊碑の隣にはビニールハウスがあり、津波がくることを知った住民の方々はこのビニールハウスに避難しましたが、避難した93名全員の方の命が津波によって奪われました。

松ノ下地区からは、気仙沼向洋高校が見えます。向洋高校も津波の被害を受け、校舎の3階部分まで浸水しましたが、生徒・教職員は全員階上中学校に避難したため、無事でした。遠くから見ても津波の爪痕がはっきり残っているのが分かり、津波の威力がどれだけ凄まじかったのかを感じました。

その後訪れた地福寺では、ご住職の片山さんに震災時のお話をして頂きました。地福寺も、松ノ下地区・向洋高校同様津波の甚大な被害を受けたそうです。お寺を案内して頂くと、外に大きな鐘が吊るされており、ご住職のお話によれば、この鐘は津波によって流され、瓦礫の中から掘り出されたそうです。ツアー参加者の一人が実際に鐘をつかせて頂き、皆で黙祷を捧げました。寺内を案内して頂くと、震災時の様子を撮影した写真や震災当時の様子をまとめた文章などを見ることができました。また、この地区周辺では“海辺の森をつくろう会”というプロジェクトが実行されており、被災した土地に植樹を行うことで、海辺の美しさを取り戻したり、津波災害時に備えた森の防潮堤を作る活動を行っています。実際に東日本大震災で津波に飲み込まれた方の中にも、松の木にしがみついて助かったという方、椿の木に引っかかって助かった方がいたそうです。

地福寺を訪れた後は世界遺産に登録されている岩手県平泉に向かい、ツアーガイドの方と共に毛越寺、中尊寺を観光しました。特別史跡・特別名勝である毛越寺は、慈覚大師円仁が開山し、奥州藤原氏二代基衡・三代秀衡が造営しました。境内には大きな池が広がり、勾玉形の中島や橋引き石(橋の両たもとに置く石)、橋脚など当時の庭園の造りを想像させるような遺跡が多く残っていました。また境内の所々には、建物の土台となる石である礎石跡を発見することができ、毛越寺の歴史を近くに感じながら庭園散策をすることができました。奥州藤原氏初代清衡が造営した、特別史跡である中尊寺では、度重なる火災の中でも唯一当初の状態のまま保存されている金色堂を見学しました。金色堂は、堂全体が金箔で覆われており、非常に細かい細工が施されており、堂内には奥州藤原氏四代のご遺体が納置されています。中尊寺の宝物館である讃衡蔵には、三千点を超える国宝・重要文化財が収蔵されており、当初の歴史を感じることができました。

世界遺産平泉を最後に、本吉復興エコツーリズム推進協議会主催の平泉⇔本吉歴史探訪復興ツアーは無事に終了致しました。このツアーでは、本吉地区を“被災地”としてではなく“観光地”として見て感じることができ、本吉の歴史を学ぶことで観光地としての素敵な一面を知ることができました。震災から三年が経過しましたが、地域の状況は安定しておらず、まだまだ沢山の方の力を必要としております。時間の経過と共にボランティアの人数も減少しており、“風化”の恐さを感じています。しかし、今回、歴史探訪復興ツアーに参加をしたことで、視点を変えて被災地域を見れば、今までとは全く異なる復興志縁ができるのではないかと思いました。このツアーを通して感じたこと、地域の方々のお話を聞いて思ったこと、参加者のメンバーと気持ちを共有したこと、これらのことについてじっくり振り返っていくことで、地域のためになる新しい発見があれば良いと思っています。

二日間という短い期間でしたが、ツアーに関わった全ての方々に心より感謝申し上げます。
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